空


第15話 その車、「1.5.5.5」 也

 ふじやんの部屋の前で出産されたエンジンを、こんどは自分の部屋の中で分解。共同下宿の玄関先に灯油を持ち込み部品を清掃した。当時はヘビースモーカーで、下宿はもちろん純木造だった。余談だがこの頃乙種危険物第四類取り扱いの免許も取得していたが、意識レベルはもの凄く低かった。当時のバイト先であるえねおしのGSに毎日出社して、給油や洗車の仕事の合間に組み立てた。 整備士と危険物免許付の経験一年の大学6年生就職内定済みという、ある種無敵の存在であったのでためちゃんら後輩を毎日いいようにこきつかい、都合よく働かせ、自分はピットにこもってエンジンを組み立てた。こうして完成したエンジンをまたふじやんの部屋の前で車にドッキングのはずが、完成の頃までに
大家さんにアパートの惨状を発見され、なんとふじやんは強制退去となってしまっていた。

 「こんなことをして、出て行ってもらうよ!」「おう、出ていったるわー!」
大家さんが登場して数十秒で彼は退去を決定したそうで、事実を知ってあわてて詫びに飛んでいったら、 はや、荷造りの最中だった。ふじやんには一生頭の上がらないカリをつくってしまったのだった。

こんな事なら自分の下宿の鴨居でおろせばよかったとしきりとおかしな反省をし、

同じ下宿の後輩に語ったら、 ハーレー馬鹿だった彼は、「単車のエンジンでみしみし言ってたから車は無理ですよ!」
と言っていたのをおぼえている。 そういえば昭和40年築の木造二階建て下宿の玄関に、小型のチェーンブロック(クレーン)が置いてあったのを思い出した。彼は下宿の木造階段の手すりにそれをかけて、ハーレーをばらしたらしい。(もひとつ上の馬鹿だった。)そんなわけで、エンジンの無いランサーを深夜ガソリンスタンドへ牽引し、ピットのシャッターをしめて秘密作業を実施。私の手作りエンジン一号は見事始動した。約束の納期の2日前だった。翌日は一日エンジンをかけっぱなしで様子を見ていたが、どうもふけあがりが悪くひっかかりがあった。失敗?!もう日数が無い!やけくそで引渡しのための洗車をし、ダート用のパーツやタイヤを積み込み、返品覚悟で富山へ納車に出発した。慣らし運転中の道中エンジンは不調で、福井を越える頃には返品を覚悟していたのだが、本当に奇跡のように、引渡しの場所に着く直前に、突然エンジン音が静かになり、うそのようにレスポンスが向上、超ハヤのランサーターボに生まれ変わっての納車となった。後に大変感謝され、数ヵ月後にわざわざお礼状まで受け取ったのだが、その頃の私は、ランサーターボ大修理の決算書を作成して凍り付いていた。部品代だけで35万円を突破。バイト代を食いつぶしていた。入社式は目前。貯金は空。皆が卒業旅行で海外とかに行っている頃、同じだけの貴重な時間とお金を、ランサーターボのエンジン製作にすべて突っ込んでしまっていた。スーツと靴を購入するため、私はためちゃんに借金をした。後輩の現役学生に、初任給ならぬ初ボーナスを担保にしての借金。始まる前から私の社会人人生には突風が吹いていた。

 入社式の数日前、新車「ランサーエボリューションT」が登録、納車準備完了との知らせを受けた。フレッシュマンにして借金まみれ。新車のローンと部品部へのツケ。後輩にまで借金ありの全身血だらけの状態で、自分の職場となる四日市のディーラーに新車を受領に行ったのだが、ここでも私に試練が待ち受けていた。
(ディーラーのカウンターにて)「あの〜4月からこちらでお世話になるものですが、車を頂きに参りました。」
先輩女性「少々お待ちください。担当を呼んできます。」(女性、蒸発。数十分経過。たまりかねて、別の人に声をかける。)
私「あの、I先輩はおられますか?今日納車いただく予定で参ったのですが。」
T先輩「ああ、Iなら4月から転勤でここにはもうおらん。

君の車は工場のごみ捨て場の隣りにあったと思うよ。」

 私は「工場の隣りのごみ捨て場」の場所を教えてもらい、一人でその場所へと向かった。会社の敷地の一番隅っこ、廃品が山と詰まれたコンテナの隣りに、私の「ローンの新車」がいた。最初は解体予定車と見間違えた水垢と誇りで真っ黒で、しましまの、でもシートだけがビニールをかぶった、元色は白い黒い車、これが俺の新車なのか!?早くも「いぢめ?」なのか??私は怒りも通り超えて脱力したが、気を取り直してカウンターに行き、確認した。
「あのしましまが僕の車ですか?」
「はあ、たぶん・・・何分3月で忙しくって、担当は転勤もありましたから・・・これ、ナンバーと保証書です。」
なんとありがたいことに、納車前点検、ナンバー取り付けを自分でさせて頂いた。というより何もかまってもらえなかった。ナンバーを見た。


「三重53ら1555」


独りつぶやいた。(行け!ゴー!ゴー!ゴー! なのか!?)

車検証を見た。所有者、三重三菱自動車販売梶@フルローンを意味していた。シートのビニールを店の前ではぎながら、I先輩の「従業員販売にはフロアマットがサービスでつくんだよ。」という言葉を思い出した。カウンターに行き女性に聞いてみたところ、部品部を案内された。渡されたマットは、真っ赤なペラペラの ビニールマットだった。そろそろ失意が殺意に変わりつつあったのだが、あまりのことにもうふらふらになっていた。洗車をお願いしようかと思ったが、やめた。自分でしよう。こいつが俺の全財産なんだから、、、と。
エンジンをかけた。こころなしか、自分が組んだエンジンの最初のときのような音がした。多分、相当長い間かけていなかったのだろう。後に、半年間あの場所に放置されていた事を知った。座席に座り、ハンドルとシート、ミラーを調整した。室内も埃だらけ。赤いマットは完全に浮いていた。ビニールをはがしたシートは、生地もビニールだった。燃料は、空だった。財布も・・・エアコンなし、パワーウインドウなし、ステレオなし。洗車なし。燃料なし。見送りなし。おそらく日本一祝福されていない新車の納車の風景だっただろう。あの日、私は少しだけ 運転しながら泣いたような気もする。それは、自分の境遇にではなくて、あのごみ捨て場に長い間放置され、登録がされても放置されていた自分の車がかわいそうで、たまらなかったのだ。その車、車番、1.5.5.5 ランサーエボリューションT ドノーマル フルローン「行け、ゴー!ゴー!!ゴー!!!」視界が曇っていたのは、窓の汚れのせいだけではなかった・・・自分の中に「戦い」が生まれた。  

第16話「時間」へのこだわりへ
 

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